2013年5月14日火曜日
当たり前のこと
アメリカのワシントンDCで、iphone と ipad を買いにアップルストアに入った。
チーフらしい店員に用件を聞かれて答えると、「彼女が受け付けます」と横に立っていた女性を紹介された。彼女は目が不自由で、足元に盲導犬が横たわっていた。「じゃあ、任せた」と言ってチーフは去っていった。
彼女の前でこういう商品が欲しいと説明すると、すらすらと答えてくれる。色や機能を決め、口元のマイクロフォンで注文を告げる。
しばらくすると別の店員が品物を持ってきて彼女に手渡した。彼女は手元の機械にバーコードを読み取らせる。iphoneはあまりにバーコードが小さくて、さすがに場所が見えないと読み取らせるのは難しいようだった。この時だけはほかの店員に助けを求めたが、ipadは自力でバーコードを探し当てた。
クレジットカードも彼女は手探りで裏表を感知して読み取る。領収証を求めると、「メールで送りましょう」。メールアドレスを、一文字ずつ手探りでスマホに入力していく。「ハイフンは難しいの」と、ちょっと時間がかかったが、入力を終えて送信。あとでホテルに帰ってチェックしたら、間違えずにちゃんと送られていた。
目の不自由な人が店頭で仕事を任せられ、ほとんど1人できちんとこなす。そんな光景が当たり前のこととしてある。アメリカの豊かさの一端を感じた。
2013年5月13日月曜日
都会の寂しさはサンパウロも同じ
サンパウロの街を歩いていると、犬の散歩をしている人をよく見かける。休日には、3~4頭をいっぺんに連れている人の姿も。おそらく散歩のアルバイトだろう。公園も犬連れでいっぱいだ。
高級住宅街がある地区には、犬が入れるショッピングモールもある。お金持ちが犬の散歩がてらに買い物するのだろう。さすがにショッピングモールの犬連れはいかがなものかと思うけれど。
ブラジルが豊かになり、ペットを飼う余裕のある人が増えたのだろう。もうひとつ、世界のほかの国の大都会と同様にサンパウロが急激に都会化しているのも、犬が増えた原因だと思う。
もともとブラジル人は家族をとても大切にし、家族と一緒に生活するのを好む。ところが近年は状況が変わってきた。東北部の田舎ではいまだに大家族が多いが、都会では少子化、核家族化の傾向にある。特にサンパウロでは単身世帯がどんどん増えている。独り暮らしの人たちや、家族と離れて暮らす人たちが寂しさを紛らわせるためにペットを飼うようになったのではないか。
パウリスタ通りを歩いていると、時折「Abraço」と書いた紙を掲げている人たちを見かけることがある。「ハグをしましょう」と道行く人に呼びかけているのだ。だれかとハグをしたい、寂しい人もたくさんいるんだろうな、と思う。
多くのレストランは友人や知人と一緒に食べるようにできており、1人ではなかなか入りにくい。でも、これからは「お一人様」用の店も増えていくだろう。実際、マクドナルドやスターバックスはいつも混雑しているし、「すき家」も出店を始めている。大都会の寂しさを映し出す光景は、世界中どこでも同じだ。
2013年5月12日日曜日
カシャーサと歴史感覚
日本史の勉強は、縄文、弥生時代から始まり、やがて卑弥呼や聖徳太子が出てくる。奈良時代、平安時代を勉強し、枕草子や源氏物語を学び、鎌倉幕府へと続いていく。戦国時代を経て江戸時代に入り、明治維新へ。学校によってはこのあたりから授業時間が無くなり、近現代史を詳しく教えられないことが問題になることも多い。
小学校、中学校、高校と、このパターンを繰り返して自然と身についた歴史感覚は、ここブラジルに来ると、どうも具合が悪い。
フォルタレーザに、カシャーサ博物館というのがある。カシャーサはサトウキビを原料とする蒸留酒。ブラジルを代表するカクテル、カイピリーニャに使われる。そのカシャーサの有名ブランドがフォルタレーザにあり、製造元だった場所に博物館が設置されているのだ。
最初にカシャーサが作られた当時の道具や機械、写真などが展示されているのだが、いかにも「歴史がありますよ~」と誇らしげなのだ。「こんなに古い機械が残っています」「5代にも渡って作られ続けています」などと説明があり、ブラジル人たちは熱心に展示物を見ている。
ちなみに当地で最初に作られたカシャーサは1846年。日本で言えば江戸末期で、日本史の勉強も終わりに近い時期だ。そんな歴史を誇られても、何だかなあと思ってしまう。
だから観光で「歴史的な遺産」を見ても、どうしても同じ感想しか持てない。サンパウロ中心部のセントロに「サンパウロ最初の教会」がある。ある時、友人らと見に行ったのだが、アルゼンチン人の女の子は「アルゼンチンにはもっと古いのがあるわ」と、ちょっと自慢げに語りかけてきた。でも、こっちにしてみれば「どっちもどっちじゃないの」という感覚なのだ。1800年代だろうが、1700年代だろうが、どちらも江戸時代じゃないか。米国の歴史でも、同じような感想だ。
同じ時代を生きていても、古いとか新しいとかを感じる歴史感覚はまちまちなんだな、と思う。それを共有するのって、難しい。
2013年5月11日土曜日
フォルタレーザは美味しい
ブラジル東北部のフォルタレーザに来ている。寒さが増してきたサンパウロとは対照的に、日差しが強い常夏の街だ。
取材で地元警察に行くと、すごく丁寧に対応してくれた。広報担当の女性は「先日はオーストラリアのテレビ局も来たわ。ワールドカップが近づくと忙しくなりそう」とうれしそうに話す。普段は世界的に注目されることの少ない街。警察官であってもW杯はわくわくするのだろう。
海に面しているだけあって、海産物が豊かだ。特にカニは名物。カニのコロッケを頼むと、中身がぎっしり詰まっていてボリューム満点。カニの風味が口いっぱいに広がった。ビールとの相性も抜群だ。
海岸沿いにある魚市場ではロブスターが1キロ60レアル(3000円)!4匹頼んだら30レアルだった。その場で調理してもらうことができる。ガーリックが利いてうまかった。
気温は夜でも27度あったが、海沿いを歩くと潮風が心地よい。海岸通り沿いにある「50サボリス」というアイスクリーム屋は、150種類のアイスがあるという。創業当初は50種だったのが、どんどん増えたらしい。アルファベット順に並ぶメニューは壮観だ。カイピリーニャ味やビール味もある。
カシューナッツも特産品だ。その果実はジュースなどになる。この街に住んだら太りそうだ。
2013年5月10日金曜日
ひっかかる川口氏の委員長解任
参議院環境委員会の川口順子委員長が解任された。常任委員長の解任は憲政史上初らしい。このニュース、ずっと腑に落ちなかったのだが、詳しい記事を読んでようやく分かった。
ひっかかっていたのは、どうして全野党が共闘するほど怒ったのかということだ。共闘は今国会で初めてだという。
川口氏は北京への国際会議に出席した。楊潔篪・国務委員との会談が入ったため、帰国を要求した野党の許可を得ないまま滞在を1日延ばした。
野党だってバカじゃない(バカなことも多いが)。「国益のための延長」に反対したら、世論の理解を得るのは難しいことは分かっているはずだ。でも全野党が一致団結した。なぜなのか。
ポイントは2点ある。
1つ目は、川口氏は政府や国会の代表ではなく、私的な立場で外遊していたということ。2点目は、川口氏が楊潔篪との会談の内容を説明していないことだ。
つまり、極端に言えば、委員長として参院委員会を開いておきながらプライベートでバリ島に行き、友達と遊ぶために滞在の約束を1日延ばしたのと理屈は変わらない。プライベートな行動を国会よりも優先し、「国益」と言いつつその説明をしないのなら、野党が怒るのも無理はないとも思える。
川口氏は元外相で、楊潔篪は中国の外務大臣だ。彼女が行ったのは、完全な外交だ。環境委員長の重職をほっぽり出して外交を優先したら、そら環境委員たちは怒るだろう。「外交をしたいのなら、なぜ環境委員長を引き受けたのか。辞めて一議員としてやれ」というのが野党側の言い分だ。
この問題について「国益と国会ルールの対立」「参院選前の与野党衝突」などと説明はあるが、もっと根本的に解決する必要があるのではないか。
一つは、大臣のイスをたらい回しするような「日本式人事」を改めることだ。外交で力を発揮する人なら、それにふさわしい仕事場を用意すべきだろう。自民党の石破幹事長は「中国要人との会談の方が、わずか5分の委員会よりも大切だ」と言っているが、それならなぜ川口氏を環境委員長にしたのか。
他国には外務大臣や財務大臣を何年も務める人がたくさんいる。彼らは外交や世界経済の舞台で顔を売り、人脈を築いて国益のために働く。毎年のように大臣がコロコロ替わる日本式の人事はさっさとやめるべきだ。これは官僚の人事にも同じことが言える。
2つ目は、国会開会中には常任委員長や大臣の海外渡航を自粛する、というルールそのものをやめること。グローバル化が急速に進み、トップ同士が速やかに決断すべき時代に、このルールは合わない。国会があるから重要な国際会議に日本のトップだけが不在、という場面はいい加減なくさないといけない。
国際舞台で主張することの重要性は政権を担った経験がある民主党も理解しているはずだ。与野党協議で、それこそ「国益」のためにルールを変えるべきだ。
2013年5月9日木曜日
トロフィーはどこに
サンパウロのパカエンブースタジアムにサッカー博物館が併設されている。いつも「行こうぜ」と誘われて断れず、これまで7、8回は訪れた。
このほど、再訪する機会があった。初めて行くという同僚と一緒だったのだが、博物館を出た後に鋭い指摘を受けた。
「博物館にはトロフィーがないね。選手のユニフォームやシューズもほとんどない」
なるほど。確かにそうだ。ワールドカップの写真や映像、サッカーの歴史の展示物はあるけれど、記念品はほとんど見かけなかった。ペレのユニフォームが1着あるだけだ。もっといろんな選手の物があってもいいのに。
ところで、パカエンブーは昨年世界一に輝いた人気クラブ、コリンチャンスの本拠だ。案内してくれた広報もコリンチャンスファン。
「コリンチャンスファンじゃないと職員になれないの?」と聞いたら「そんなことない。いろんなチームのファンがいるよ」と返ってきた。ただ、ユニフォームを着て見学していたのも、コリンチャンスの下部組織の子供たちだった。
こんなところにライバルのパウメイラスのファンは来たくないだろうな。
そうか。ブラジルの優勝トロフィーをずらりと並べて飾っていたら、アルゼンチン人は来なくなるのかもしれない。
2013年5月8日水曜日
ナイフとフォーク、どっちがどっち?
ここ数日、食堂に入るとほかの客の手元を見つめるのがくせになった。
じっと見ていると、ときどき目が合ってしまい、あわてて目をそらすこともある。
気になって確かめているのは、ナイフとフォークの使い方だ。
ナイフが右で、フォークが左に決まってるじゃないか。そう思うかもしれない。
でも、ブラジルは違うのだ。
ブラジルの一般的な食事は、フェイジョンと呼ばれる豆の煮込みと米、それに肉または鶏という組み合わせだ。それをナイフとフォークを使って食べる。
普通だったら左手のフォークを肉に突き刺し、右手のナイフで切る。そして左手のフォークを口に運んで食べる。当然、僕もそうしていた。
ただ、問題なのは豆と米だ。フォークですくって食べるのだが、左手だとどうしてもぎこちない。すくって食べる動作は、利き手の右じゃないとうまくいかないのだ。だから、肉を切るときはフォークを左に持ち、米を食べる時は右に持ち換える。それをいちいち繰り返す。
では、ブラジル人はどうしてるのか。食堂で観察してみた。食事が始まると、おもむろにナイフとフォークを持つ。
おっ。右手にフォーク、左手にナイフだ!
どうやらこの食堂は左ナイフ派が多数のようだ。みんな左手のナイフで器用に切っている。ただ、中には「持ち替え派」も見かける。夫が左ナイフ派で、妻が持ち替え派のカップルも。
同僚のブラジル人に聞くと、彼も左ナイフ派らしい。面白いのは、食事のときは左手でナイフを持つが、果物の皮をむくときは右手だという。
さて、自分はどうしようか。ブラジルになじむために左ナイフ派に転身してもいいけど、日本に帰国したとき元に戻らなかったらどうしようと、ちょっと不安でもある。
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